bunbunの日記

このブログの他にも3つのブログをたまに書いていて(右欄のリンク)、そのどれかを更新したらこのブログでもお知らせします。

11月22日(日)~11月24日(火)

11月22日(日)

 

9:00~12:00 広島菜の収穫

 

4年前に広島菜の栽培を始めてから今日までずっと、根元を包丁で切り、不要葉の除去・根元の切りそろえを終えてから次の株に移っていた。

 

昨日の夕方、去年から農業を始めた近所に住む同年代の某氏が「もっと楽にやれる方法はないですかねえ」と言った。(前回のブログ)

 

それを聞いたときには、何かあるかもと思いはしたけど、こんな単純な作業にそんなものはもう無いよ、とすぐに思い直した。

 

そして、今日。

 

昨日の収穫の疲労も残っていてちょっと辛かったし、このスピードではとても終わらないと作業途上で音を上げそうだったその後に、なぜだか急にまとめて切り倒し始めたその結果、一つ一つ片付けて行くよりも、まとめて切り倒して、それから切りそろえた方が早いことがわかった。(わかってみれば当たり前のことだけど)

 

改善に限りなし。

 

午後、疲れて仕事をする気にならず、ギターを弾いたり。

 

15:00~18:00 白ネギの調整。週末のバスケはなかった。

 

 

11月23日(月)

 

午前、広島菜の出荷、2人でやるので早い。

 

午後、妹夫婦たち来訪。めでたい話があった。

 

それから、白ネギの収穫と広島菜の収穫(切り倒し)。

 

 

11月24日(火)

 

午前、白ネギの調整・出荷。

 

午後、広島菜の切りそろえ。

 

 

11月21日(土)

午前、白ネギの収穫と調整を少々

午後、広島菜の収穫(切り倒し切りそろえる)

 

中断していた白ネギの作業を再開する。

 

日曜日の朝に出荷して(それから広島へ行った)からなので、日、月、火、水、木、金の6日間ほど白ネギをやらなかったことになる。

 

無理のない作業のために、広島菜を出荷している間は白ネギをしないつもりだったのだけど、それだとその後の白ネギの出荷に余裕がなくなりそうなので、広島菜の1回目の出荷をしてその仕事具合を把握してから再開することにした。

 

雪害の心配や作業の寒さがあるので、年内の少しでも早いうちに白ネギを終えたいのだ。

 

これからしばらくは、広島菜と白ネギのふたつの出荷が滞りなく進むように作業を調整していかなければならない。

 

夕方、日が暮れようとしている頃に、去年から農業を始めた近所に住む同年代の某氏がいつものようにやって来て、私の作業ぶりを見ながら「もっと楽にやれる方法はないですかねえ」と言ったので、何かあるのだろうかと一瞬考えた。(明日の日記にたぶん続く)

 

 

11月19日(木)~20日(金)

11月19日(木)

 

朝からずっと強い風が吹き続き、気温は24度まで上昇するという一日を、のんびりと過ごす。(お稽古したりして)。

 

鳥取県塩津で27.5℃を記録)

 

 

白ネギは、一箱ができると出荷ができる。

 

規格でいうと例えば、2Lだったら20本、L3であれば30本がそろって一箱となる。

 

だから、そろわずに出荷できなかった各規格の白ネギについてはその翌日に一箱分をそろえて出荷できるようにするのだけど、その日も新たに出荷できない各規格の白ネギができて、そのそろわずに出荷できなかった各規格の白ネギについてはその翌日に・・・

 

・・・ということがずっと続くのだけど、そのサイクルをひとまず中断して広島菜の出荷をしたのが前日のこと。

 

・・・何が言いたいかというと、白ネギの出荷は中断中だし、次の広島菜の収穫は土曜からなので、今日と明日はその日にしなければならない仕事がないということ。

 

そして、夕方からのクラブもなし。(体育館が使えない)

 

いつもの夜の犬の散歩も、雨が降る予報なので夕方には済まし、普段にないのんびりとした夜を過ごした。

 

11月20日(金)

 

先日の、広島行きの写真ブログをつくったりして過ごす。(未完成)

 

いつも忙しくブログを書いているのだけど、こうやって時間をかけて構築していく作業はいいものだなあ、と思った。

 

 

11月17日(火)~18日(水)

11月17日(火)

 

広島菜の刈り取りの昨日の続き。

 

出荷の前日までに、包丁で根元を切って、外側の小さい葉や病害虫にやられた葉を取り除き、根元を切りそろえて、その場に置いて、しんなりとさせる。(刈り取ってすぐだとぱりぱりでかさばって運搬回数が増える。)

 

作業の前には、立派に成長したものを切ってしまうのが惜しいと思うけど、いざ始めると、そんな気持ちはすぐになくなる。

 

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これを3回に分けて出荷する。ここが終わっても、同じ面積の圃場が別のところにもう1ヶ所ある。

 

午後は白ネギの農薬散布など(ネギは写真奥に見える)。ボトリチス葉枯症の病斑が散見されるので、計画外ではあったけど散布した。 

 

 

11月18日(水)

 

広島菜の出荷(加工場への搬入)の第1回目。

 

昨日までに切りそろえておいた広島菜を軽トラに載せたコンテナに積んで、車で10分ほどのところにある某漬物製造会社の加工場へと運ぶ。

 

軽トラ1台分の積み込みから搬入までがおよそ1時間半。

 

3台分ほどさくさくと運んで今日の仕事が終わるはずだったのに、予定外のことがあって昼休みもとらずに(食事はした)少々焦りながら仕事を続け、3時過ぎには無事すべて搬入。

 

広島菜の栽培を始めて5年目。いつもは忙しく受け入れの仕事をしているこの加工場の責任者と、ほんの少しではあったけどいつも以上に話ができた。

 

農業法人など大作りのところにお願いして全体の栽培を例年の半分に押さえてもらった。東京、大阪などの外食産業の低迷が一番痛かった。なんといっても大都市の消費が一番大きい。最近はずいぶん戻ってきたけど、とくに4月~6月が厳しかった。まだまだ先が見通せないのがつらい」

 

多少の状況はこれまでに聞いてはいても、小作りである自分のところには生産調整の話もなくて、いつもと同じように植え付けていつもと同じように搬入したのだけど、いつもならいる自分の前後の搬入者もなくて、いつも加工場で働いていたおじさん、おばさんの姿もほとんど見えない、いつもとは違うコロナ渦の状況だったのだと思う。

 

 

 

11月16日(月)

1年と半年ほど前に、雲南市の西藤将人さんという演劇人の演劇活動を通じて、西藤さんと同じ雲南市の多賀法華さんという人を知ることになった。

 

その多賀さんが雲南市議選で当選した。

 

「組織も何もない一市民」(本人談)の40歳女性が獲得投票数2位で初当選。

 

新しい何かが動き始めているのかもしれない。(トランプは失速したし)

 

 

半日かけて、昨日見聞きしたことをネットで調べる。

 

津田大介氏が芸術監督を務め(そして社会問題にされた)「あいちトリエンナーレ」について

 

( )

 

平和公園の建設計画について

 

( )

 

市営基町高層アパートについて

 

( )

 

企画代表の岩崎貴宏氏について

 

( )

 

2時から広島菜の収穫。

 

ひと畝がおよそ1時間。3畝ほどやったけど、1畝目でうんざりした。

 

 

 

 

11月15日(日)

農協の集荷場に白ネギの箱を下ろし、その足で広島市へ。

 

2日前にジャーナリスト津田大介氏の「ポリタスTV」というネット番組で、今回の企画展が1時間近い長さで紹介されていたのを観て行くことにした。

 

インターチェンジのバス停で自家用車から高速バスに乗り換え、11時30分に目的地へ到着。

 

市営基町高層アパートの横はもう何十回と車で走っているのだけど、その敷地内へ入るのは初めてのことであって、その中心部にショッピングセンター(商店街)があることもこれまでは当然知らなかった。

 

まずは、そのショッピングセンターの空き店舗を使用したAlternative Space COREでの展示会「カナリアがさえずりを止めるとき《証言者》」を観る。

 

その会場で企画者の1人と思われるKさんと少し会話。

 

この企画展のこと、基町高層アパートのこと、平和公園を核としたこの地域の成り立ちのこと、などを教えてもらう。

 

その後は「日本の集合住宅史に残る大作であると同時に、都市計画の教科書にも掲載されている」(arch-hiroshima)高層アパートを最上階まで上り、ショッピングセンターに戻ってお好み焼き屋で昼食。

 

連なる高層アパートの広い敷地を出るとすぐに中央公園があって、その公園内の広場ではサッカーの試合が行われていたので立ち寄ってみたのだけど、その試合をしている人たちやそれを見学している人たち数十人がすべて外国人らしいことに驚く。(中東系?)

 

Kさんに高層アパートの入居者に占める外国人の割合が多くなっている話を聞いたばかりで、その直後に現実として形作られている外国人のコミュニティを目にすることになった。

 

それからバスで郊外にある広島市立大学へ移動して、(こちらが今回の企画展の主会場なのだろう)芸術学部の建物の一室での「カナリアがさえずりを止めるとき《証言者》」を観る。

 

『流動する社会にとって命綱ともいえるカナリアが、そのさえずりを止めるときが来ないように、私たちは作品に潜む多様な声に耳を傾け、歪んだ社会構造を改めて考察する必要があると考えます。私たちが一つの絶対的な正しさのない世界と共生し、開かれた社会へ近づくために、展示やシンポジウムを通し多様な意見が唱え合える場を探求します。』(展示概要より)