bunbunの記

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大元舞

 

『大元神楽は、古くから邑智郡一帯に伝承せられて、今に至っているのであるが、神楽の古儀とされる「神懸かり、託宣」を導く、方法・過程が貴重とされ、昭和54年に国の「重要無形民俗文化財」として指定を受けている』(当日、配布されたパンフレットより)

江津市(旧邑智郡桜江町市山の飯尾山八幡宮で行われた、大元神楽に行きました。

 

大元神楽が行われる地域(私の町もそうです)の者は、大元神楽のことを大元舞(おおもとまい)と呼びます。

 

6年ごとに行われている市山の大元舞には、前回も行きました。

 

そのときは中2の息子と、やはり朝まで見ました。

 

今は大学生になったその息子が、この大元舞を見るために帰省しました・・・


【17日(土)】

 

午後2時ごろ 近くのインターチェンジまで高速バスで帰省する息子を迎えに行く。

 

午後4時30分ごろ 飯尾山八幡宮に到着(息子と女房と)。すでに拝殿の中は満員状態だったが、帳場(受付)の前が空いていて舞殿(舞台)の近くに座る。

 

午後5時ごろ 「神迎え」が始まり、その後、「四方拝」「潮祓い」「太鼓口」「磐戸」と続く。  

 

午後9時30分ごろ 神事「清湯立」が始まる。(この神事を執り行う2人の神職のうちの1人は私の職場の後輩でもある)

 

午後10時30分ごろ 「清湯立」「荒神祭」「山勧請」「神殿入」・・・と1時間以上続く神事が終わり、境内の出店で夕食とお酒を買う。

 

【18日(日)】

 

午前0時30分ごろ 「御座」始まる。神楽団の若い舞子が両手に持った御座を前後に跳び続ける演目の最後では会場が拍手と歓声に包まれる。

 

午前1時ごろ 「天蓋」始まる。数十年前にここで行われた大元神楽では、この舞の最中に神懸かりが起こったと言う。

 

午前3時30分ごろ 「山の大王」始まる。滑稽な舞。山の大王をもてなす役を演じている男性を私は仕事の関係で20年前から知っている。多くの神楽団がステージ受けの良い神楽に変わっていく風潮についての会話のなかで、そのころはまだ20代だった彼が「自分達(自分達の神楽団)は興行団体ではなく奉納団体だから」と言ったことを思い出す。

 

午前4時ごろ 「貴船」始まる。「夫に裏切られた女が、貴船明神に呪いをかけて、鬼女に変身する舞(パンフレットより)」に、女房はいたく関心する。それにしても、3時を過ぎた頃からさすがに眠くなる。

 

午前6時ごろ 「綱貫」「六所舞」「御綱祭」と続く託舞(託宣神事)が始まる。いよいよ大元舞は核心部に入る。他の大元神楽が形式だけの託舞になっている現在において、この市山の大元舞だけが実際の神懸かりを継承している。

 

午前7時ごろ 託舞が終わる。残り2演目を残してお宮を後にする。

 

午前8時ごろ 帰宅。睡眠。

 

午後1時ごろ 高速バス大阪に戻る息子を近くのインターチェンジまで送る・・・


6年前の前回もそうだったのですが、託宣成就に向けて世代の違う地域の男達が一心に舞い続ける姿を目にすると熱いものがこみ上げてくるようでした。特に託太夫を神懸かりに導こうとする「六所舞」では涙が出そうになります(前回では、私の前の方に座っていた男性が、手にしたティッシュを何度か目の辺りに運んでいました)。23時間だけの滞在のために帰省した息子の気持ちもよく分かるような気がします。

(当日の写真と動画はこちらをどうぞ ⇒ http://iwamibunbunsait.wordpress.com/2012/11/18