食卓での晩酌中。
高3の娘が、お祖父ちゃん電子手帳は?と言っている。
高1の息子が帰宅する。
娘が弟に何か言っている。
「シェークスピアの・・・」
何を言ったのかよく聞き取れない。
「聞いたことあるような、でもわからん」と、弟が答える。
やがて娘が私にきく。
「お父さん、"to be or not to be”ってわかる?」
「”生きるべきか死ぬべきか”じゃないんか」
炊事していた女房が、やったね、と私に言う。
「これで10年はもつかな」と私。
「いや、3時間ぐらいかな」とさらに私。
to be or not to be
在るべきか在らざるべきか・・・
一斉指導の、支配下のもとでの行動は、「to be」であろうとしているようで、じつは「not to be」のままでいることを望んでいるとしか思えない。
私は「to be」であり続けたいのです。