bunbunの記

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私はこうやって書くしか能がない

 

帰宅すると玄関にうなだれて座る娘がいる。

 

娘の足下の土間にはウサギが横たわって小さな息をしている。

私が小学生の頃のこと、飼っていた犬が死にかけていた。

 

その犬の、繋がれた鎖を外してやると、どこかへいなくなった。

 

翌朝、その犬を炭焼き小屋のなかで見つけた。

 

小屋のなかに横たわっている犬の傍へ行き、その犬が見ている方に振り向くと、小屋の狭い出入り口の、その向こうに私の家が見えた。

 

二つ下の妹が生まれてからは、私は祖父母と寝ることになった(らしい)。

 

祖母は私が小学校1年のときに死んだ。

 

その祖母が病院で死ぬより前のある日のこと、藁葺きの家の表に面した部屋に祖母が寝ていた。

 

その祖母の周りには、深刻そうな家人が座っている。

 

それを見た私は、そこから遠ざかるようにして家の前に続く田んぼを次々と駆け降りて行った(ような記憶がある)。

 

祖父は私が結婚して2年目に家で死んだ。

 

祖父は80代になるまで歩いて新聞配達をするような元気な男だった。

 

それでも死ぬまでの数ヶ月はボケていた。

 

私は、明け方近くに息が止まるまで祖父の傍にいた。

 

そのとき、むかし看護婦だったおばに人が死ぬ前にする「下顎呼吸」ということを習った。

 

そのおばと、同じくむかし看護婦だった私の妻とが、その朝、祖父の死後処置をした。

 

そのおばの夫、私にとってのおじは10年前に死んだ。

 

死因は13年ほど患ったがんであった。

 

それから、ちょうど1年後に、その息子が死んだ。

 

駆けつけたときには、横たわっていた。

 

私は救急車に一緒に乗った。

 

モニターはむなしく直線を描き続けていた。

 

隣の兄の勝手の分からない家で、「切るための包丁がどうしても見つからなかったんだから」と、後日彼の妹は私に言った(最後には見つけたようだったけど)。

 

そして、その1年と数ヶ月後には、そのおばも、夫と同じようながんで死んだ。

ウサギは、当時高校の農場に勤めていたそのおじが連れてきた。

 

そのとき娘は4歳だった。

 

あれから13年と半年が過ぎた。

 

娘はずっとそのウサギと一緒だった。

 

娘は今日一日の学校での受験勉強から帰宅してずっと、玄関に座ったままで今も、死んで行くウサギの様子を見ている。