10月1日(木)【クラブB&J】
参加者なし。いつもの高校生たちは中間試験の真っ最中。
30分ほど1人でバスケの練習をして帰宅する。
10月4日(日)【邑智郡バスケットボール大会】
試合の1時間前に体育館へ行くと、大会主催者のHくんが玄関に置いた机で来場者の検温と住所氏名の確認を行っている。
12時30分、自分たちの試合が始まる。
さっきまで玄関で検温をしていた大会主催者のHくんは、ベンチの監督席に座っている。
初戦の相手は、地元の若い社会人たちのチーム。
遅れて父親と到着して途中から参戦したTくんの活躍もあって、接戦の末1点差で自軍の勝利。
Tくんとは5年半ぶりの再会だったのだけど、そのことに合わせて少し過去を振り返ってみる。
この大会の主催者であって我がチームの主宰者&監督でもあるHくんが毎週土曜日にやっていたミニバス教室に父と息子とで通い始めたのは 、私の長男が小5になったときだった。(43歳)
・・・同じ時期に長男が所属していたミニバスのスポーツクラブに通うことにもなった。私は1人で小2~3年の指導を担当した。
長男が小学校を卒業すると、私もHくんのミニバス教室には行かなくなったのだけど、それから1年もしないうちにHくんに誘われて今度は1人で通い始めることになる。(45歳)
以前は小学生ばかりだったミニバス教室に中学生たちも参加するようになり、私はその中学生たちと一緒にただ1人の大人として試合をするようになった。迎えに来た保護者たちを前にして、上手でもないのにいい年して自分は一体ここで何をやっているのだろう、などと考えたりもした。
・・・ミニバスのスポーツクラブには長男が小学校を卒業してからも続いて通い、ずっと小2~3年の相手をした。そこには4年間在籍して、それから1人でクラブB&Jを始めた。(47歳)
・・・前出のTくんがクラブB&Jに初めて来たのは、クラブ3年目の夏のことで彼はまだ小2だった。それから冬になるまでの間に、彼の同級生たちがどんどん来るようになった。(49歳)
Hくんのミニバス教室には、いつのころからか何人かの大人も参加するようになり、次第にミニバス教室からバスケの試合をやりたい者が集まる場に変わっていった。
小学生のバスケ大会の開催事務局、中学校男子バスケ部の指導、高校女子バスケ同好会の設立とその指導(その後、部に昇格)、中学校女子バスケクラブの設立とその指導、などとその時々に精力的に活動してきたHくんは、同時に矢上中年隊というチームをつくり、それに合わせるようにして郡のバスケ大会やシニアの大会を開催するようになったのだが、ミニバス教室の流れから生まれたようなチームであったので、私も参加することになった。(50歳)
・・・10人前後の人数で小2の頃からクラブB&Jに来ていたTくんやその同級生たちが小学校を卒業し、高校教師である父親の転勤によりTくんとその家族が町外へ引っ越したのは、今から5年と半年前のことだった。(54歳)
(振り返り終わり)
この大会での矢上中年隊のメンバーは過去最多の15人。もともと大会の条件(シニアの大会であれば年齢制限)に合えば誰でも参加できるようなチームなのだけど、今回は特に多彩な集まりになった。
Hくん : チームの代表であり、今大会の主催者。50代
Sくん : 地元、Hくんの同級生
Kくん : 地元、Hくんの同級生。
Wくん : 地元、40代
H先生 : 町外より、元地元高校バスケ部顧問、40代
H’くん : 地元、40代?
H’’くん : 町外より、H’くんの弟、40代?
Sくん : 地元、30代?
H’’’くん : 町外より、Hくんの長男、20代(うちの娘の同級生)
Mくん : 地元、20代(うちの娘の同級生)
Oくん : 町外より、H先生の教え子、20代
Iくん : 地元、20代
Kさん : 地元、今大会紅一点、20代
Tくん : H先生の長男、高校生
(ここでは彼だけ名字でなく名前の頭文字にしている)
私 : まだ50代
そして、大会参加チームは下記の通り。
○ 矢上中年隊 :
○ ひわーず : 地元の比較的若いチーム
○ 矢上クラブ : 地元の比較的若いチーム
○ High Fives : 隣町のまあまあ若いチーム
○ Dragon Next : 地元高バスケ部OBたちの若いチーム(当時の顧問はH先生)
○ マルマルモリモペッパーズ : 地元の中学生チーム
長年、バスケに関するいろいろな活動をしてきたHくんや、5年間の地元高校での教師およびバスケ部顧問だったH先生と同様に、私にとってもミニバスのスポーツクラブやHくんのミニバス教室、そしてクラブB&Jでかって接した懐かしい顔がたくさんある大会だった。
試合の合間には、TくんにクラブB&Jの思い出話を少しだけした。
それから、「いろんな人が参加しているこのチーム(矢上中年隊)って、クラブB&Jみたいだよね」と言ったりもした。
2戦目の対戦相手も、1戦目と同じような地元の若い社会人たちのチームだったのだけど、接戦の1戦目とは違って点差に多少余裕があったので、私もいくぶん長めにコートに立った。
そして、シュートが1本とフリースローが1本ほど決まって、安心した。