10月27日(木曜日)
クラブが終わってから公民館で翌日のコンサートの準備。
私を含めたおじさん4人で椅子を並べたりする。
10時ごろ帰宅して、夕食。
10月28日(金曜日)
午後から代休をとり公民館へ。
今回で6回目になるすべてのコンサートの段取りを、ほぼ1人でやってきたTさんは仕事の関係で来ていなかったが、会場のホールにはすでに、若い男女と、帽子をかぶったひげ面の男性の3人が来ている。
今夜のバンドのファンで、松江市からはるばるやって来て会場準備を手伝ってくれる人たちがいるというのは昨夜Tさんから聞いていた。
一緒にいる男女から少し離れて1人でいる男性に、やはり松江から来たのかと聞くと違うと言う。
話をすると彼は地元の者であり、彼も私を知っていると言う。
彼を最後に見たのは20年も前のこと。
卒業して就職したばかりの彼は高校生のときと同じように、地元の(今回の公民館とは別の)公民館によく遊びに来ていた。
教育委員会で社会教育の仕事をしていた私は、その公民館で何回か彼を見かけた。
「夏祭りのときの打ち上げ花火が残っているというので、公民館主事のMさんと君は大晦日の晩の年明けと同時に一発打ち上げたんだよね。Mさんから当時聞いた話だけど」
その光景を見たのではないが、鬱屈した何かを抱える若者を励まそうとして山里の夜空に打ち上げられたその花火のことを、美しいものとして今でも思い描く。(無茶苦茶な行動ではあるが)
2時30分、バンドのメンバー到着。
出迎えて控室に案内。
メンバーらによる楽器の搬入とセッティング。
やがて、このコンサートの主催者のTさん到着(お手伝いとして参加している程度の私だったので、ほっとする)。
リハーサル始まる。
リハーサルを見学しているときに携帯が鳴ったのでロビーに出ると、女の子が3人で座っている。
そのうちのよく知っている子が、今夜のコンサートに来ると言うので、中に入ってリハーサルを観たらと誘う。
1年前にも、今夜と同じバンドのコンサートがあって、学校帰りに公民館に立ち寄っていた当時小6だった彼女たちが、今日と同じように誘われて並んで立ってリハーサルを見学していたことを思い出す。
開場50分前にリハーサルが終わり、4人ばかりで急いで会場準備の仕上げをする。
用意されたおにぎりなどをあわてて飲み込んで、6時からチケットのもぎりと、観客の誘導。
7時開演。(観客数100人強)
『ニッポン!JAZZ!バトル! 秋特急便!祈りと笑いとチョイ悪と。ツアー2011~in邑南町』
宮本大路(sax)
高橋ゲタ夫(b)
宮崎カポネ信義(g)
中島 徹(p)
加納樹麻(ds)
矢野沙織(as, etc)
9時公演終了。
片づけをし、メンバーを送って行ったTさんが戻るのを待ってから、12時ごろ帰宅。
前回のコンサートまでは地元のある任意団体の主催であったが、今回は違った。
団体主催とはいえ、Tさんがほとんどのお世話をしていたのではあるが、それでも会場準備や観客の受付などにはその団体の者たちも加わっていた。
しかし、今回はその団体の者たちはおらず、音楽が好きということでこれまでもお手伝いをしてきた私を含めた数人がいるだけだった。
さらに、そのTさんまでもが、会場に来ることができるのが夕方近くになるかもしれないというので、心細い思いをしていた。
そんな風にして開場の時間を迎えたのだが、チケットのもぎりのために会場のホールの入り口近くに立っているうちに、あることに思いが至った。
周りを見てみれば、玄関の外では、地元のうどん屋の大将がおでんなどを売っている。
ロビーでは、地元のすし職人が今夜のために握った寿司をパックに詰めて売っている。
その横では地元の酒造家が飲み物を売っている。
それから、さっき急いで食べた食事(地鶏の肉を使ったものなど!)は、地元に建てたログハウスでレストランをやっている人が、過去のこの一連のコンサートに感激して、前回からスタッフにと差し入れしてくれているもの。
私が公民館に来たときにはすでにいて、撮影の準備をしていた地元ケーブルテレビの職員たちもいた。
そして、会場準備から後片付けまで手伝ってくれた、松江からの2人と、かっては若者だった帽子にひげ面の彼もいた。
公演が終わってから、公民館の玄関でおでんを売っていた大将のお店で、バンドのメンバーを囲んで打ち上げ会があった。
私は、それには参加しなかったが、Tさんの翌日のブログでその打ち上げの様子を知った。
土蔵を改装した広くはない店内で撮影された集合写真がそのブログに載っていた。
深夜2時ごろに撮ったというその写真には、バンドのメンバーなどの10名ばかりと、地元の者などの20名ばかりの約30名もの人たちが写っていた。